縄文時代中期を代表する諏訪郡富士見町境の井戸尻遺跡の発掘50周年を記念するイベント「回想『井戸尻』誕生のころ」が20日、同町境の町老人福祉センター「清泉荘」で開かれた。町教育委員会の主催で、住民や考古学愛好家ら約50人が参加した。
井戸尻遺跡は1958(昭和33)年、地元有志の境史学会が茅野市の考古学者、宮坂英(ふさ)弌(かず)(1887-1975年)の指導で初めて発掘。住居址4軒から約30個ものほぼ完全に復元できる土器を発見し、その造形や文様が豪華だったことから一躍有名になった。
座談会は、境史学会メンバーで元井戸尻考古館長の武藤雄六さん=境=と、史学会から発展した井戸尻遺跡保存会の元副会長、平出今朝美さん=同、当時諏訪清陵高校地歴部員として発掘に加わった両角晃一さん=茅野市=が出席。武藤さんが「4番目の住居址は清陵の生徒が黙って掘った。それで(現場監督の自分が)宮坂先生にえらい怒られた」と回想。両角さんは「3番目の住居址で大量の土器が出たので気持ちが高揚していたんです」と弁解した。
1965年の同遺跡第二次発掘の記録映画「縄文の人びと」の上映もあった。
(提供:信濃毎日新聞)




















