岡谷市教育委員会は26日、同市川岸東の志(し)平(びら)遺跡の発掘調査で、まとまった数の黒曜石が縄文時代の土器に納められた状態で出土したと発表した。黒曜石の数は確認できるだけで12点。原石と加工跡が見られるものが交じっていることなどから、市教委は土器に黒曜石をため、加工して石器を作ったと推測している。
市教委によると、縄文時代の土器に黒曜石が納められた状態で出土したのは全国で7例目、県内では2例目。黒曜石の集中出土は土に掘られた穴から出る例が多く、今回のケースは珍しいという。
調査は2006年の豪雨災害で土石流が発生した志平川の下流整備に伴い実施。現場は天竜川の岸辺で、地表から深さ20-30センチで見つかった。土器は直径約27センチで、煮炊きなどにも使われた深鉢型。模様の特徴から約3000-3500年前の縄文時代中期末-後期初頭のものとみられる。長さ2-5センチ程度の黒曜石が内側の壁面に添うように出土した。
市教委の担当者は「土に埋まる際に黒曜石が土器に流れ込んだとは考えにくく、中にため、必要なときに取り出して石器を作ったのだろう」と推測している。なぜ土器にためたのかは今後の研究課題。当時の生活を知る一つの手掛かりになる-としている。
黒曜石は、色合いなどが和田峠産と似ている。市教委は今後、蛍光エックス線分析などで精査したいとする。
現場付近ではほかに縄文時代の琥珀(こはく)の装飾品も出土した。
(提供:信濃毎日新聞)




















