飯田市座光寺の佐々木久宜さん(88)が、敗戦後のシベリア抑留の体験をつづった歌集「シベリヤの戦友(とも)よやすらかに」を自費出版した。抑留中に亡くなった仲間への鎮魂の思いや、不戦の願いを込めた短歌43首を収録。「今の日本がある陰には、大勢の仲間の死と遺族の悲しみがあることを覚えていてほしい」と話している。
佐々木さんは1940(昭和15)年、20歳で徴兵され、中国へ。奉天で終戦を迎え、その後2年間、現在のロシア・バイカル湖付近の収容所で、当時ソ連軍の捕虜として炭坑での労働を強いられた。
「空腹と寒さに眠れぬ明くる日も炭坑労働に引き出されける」「黒パンを抱きて明くる朝骸(むくろ)栄養失調で倒れし友は」。極寒の地で十分な食料も与えられず、いつ終わるともしれない強制労働の日々。倒れた仲間の遺体を満足に弔うこともできなかった悔しさを歌う。「屍(しかばね)を全裸にしては凍(い)て土の溝に投げ込みし彼ら鬼畜か」
47年に復員後は、農業で生活。「当時を思い出すのは自分自身も苦しいし、遺族にも気の毒」と、抑留中の体験については妻や子にも一切話してこなかった。昨年、地元の戦没者慰霊祭などで2度、強く請われて体験を語ったが、涙で言葉に詰まり、途中で話せなくなったという。
その後、米寿を控えて「後世に何か残したい」と、デイサービスで「頭の体操に」始めたばかりの短歌での表現に挑戦。「つらい体験でも思い出さないと、本当のおれの気持ちが表せない」と、自宅で「五七五七七」を指折り数え、歌を詠んだ。
「『ぽけっと』のしだれ桜よ早く咲け凍土に眠る戦友に供えたし」。利用している下伊那郡喬木村のデイサービスセンター「ぽけっと」に育つ高さ1・5メートルほどの若木に、墓もない原野に眠る仲間への思いを託した歌だ。「勝ち負けなき不戦と平和大声にて叫ばんわれは戦争体験者」と、不戦への願いも強く訴えている。
A5判、52ページで100部印刷。残部は少ないが、問い合わせは佐々木さん(電話0265・22・4823)へ。
(提供:信濃毎日新聞)




















