木曽郡木祖村菅(すげ)で、江戸時代に中山道が整備される前から幹線道だった「古道」が、住民有志の4年がかりの手入れにより、往時の様子を取り戻しつつある。歴史を伝える財産として、本年度からは地域ぐるみで整備や活用に取り組む予定だ。同村で8月に開く源流シンポジウムで古道の見学会も行われるため、14日、関係者が下見をした。
整備した「木曽菅古道」は、木曽町境の風吹峠から山道を下り、菅の集落沿いの山すそをほぼ平たんに歩く道で、中山道とつなぐ部分も含めて約4キロ。木曽川右岸の古道の一部で、開設年代は不明だが江戸時代の古地図に載っており、一部は昭和30年代まで使われていたという。
菅の自宅に「民蘇堂野中眼科史料館」を開いている松本ユネスコ協会長の野中杏一郎さん(78)=松本市巾上=が、近くの自身の山でかつて木を里に下ろしていた古道の整備を思い立ち、2004年に始めたのが最初だ。木曽谷の古道を勉強し、自分の山や近くの古道を確認してはやぶ刈りなどを進めた。
地域の有志も次第に加わり、崩れた場所を補修。地元の小中学生が遠足に来るまでになった。野中さんは「古道があったことを地元の人も知らない。こうした遺産を伝え、地域の魅力を感じてほしい」と期待する。
丸木のいすや沢のある広場も整え、カブトムシを増やす工夫も。菅の塩原勲さん(66)は「遊び感覚で無理しないので続けられた」。田下広さん(62)は「地域の魅力を掘り起こしてくれた野中さんに感謝している」と話す。
村公民館菅分館は、源流シンポジウムの見学場所になったことも受けて25日、初の古道見学会を行い、地域の人の認識を高める。村議で村文化財保護審議会委員の星梓さん(45)は「菅の古道は神社や集落に下りる場所がいくつもあり、体力や興味に合わせてさまざまなコース設定ができる。多くの人を呼び寄せ、菅地区に元気を出す場に発展させたい」としている。
(提供:信濃毎日新聞)





















