木曽郡大桑村長野に明治時代に建てられた回り舞台で使った背景画60枚が、村公民館弓矢分館の屋根裏から見つかった。障子に新聞紙などを張って下地を作り、館や風景を描いてある。回り舞台は1943(昭和18)年の大火で焼失して記録はほとんど残っておらず、20日に村歴史民俗資料館が調査し、扱いを検討する。
55年建設の弓矢分館を建て替えることになり、分館長の中田悦夫さん(64)が調べて見つけた。館や山、海、土塀などを描いた60枚を確認。裏に別の絵が描かれ、舞台を回した時に次の場面になるようにしたようだ。使っている新聞紙などから、明治から大正期に作ったらしい。
加工前の障子も多数発見。時代は不明だが脇息や火縄銃などの小道具、芝居見物の100席余りの升席に料金と名前を書いた板も出てきた。料金は舞台や花道との位置関係からか、1円から2円30銭まで開きがあった。
同時に見つかった分館建設の由来書などによると、長野地区では昔から八幡神社の例祭で9月14、15日に芝居を奉納しており、1872(明治5)年、同神社の前に、回り舞台を備えた「中山座」が完成した。しかし昭和の恐慌で維持できず、1930年ごろ売却。芝居は小学校講堂などで続けたが、いつしか途切れた。
当時は農作業も休んで皆で出掛けたといい、見物用の弁当箱に詰めるごちそうが楽しみだったことや、舞台の下で回り舞台を回した話などが伝わっているという。背景画が残った経緯ははっきりしないが、中田さんは「中山座は売っても芝居は続けようと、背景を別に保管したためではないか」と推測する。
地元の人に地域の歴史を伝えたいと27日まで公開。26日には分館活動の思い出を語る会も開く。
(提供:信濃毎日新聞)





















